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大阪地方裁判所 昭和51年(行ウ)56号 判決

堺市長曾根町一九五〇

原告

河崎勝

堺市南瓦町二-二〇

被告

堺税務署長

南条宗成

右指定代理人

平井義丸

中村治

神谷明

堀尾三郎

主文

所得税更正処分の取消を求める原告の請求を棄却する。

損害賠償を求める原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

主位的申立

1  被告が原告の昭和四八年分の所得税について昭和五〇年九月二三日付でなした更正処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

予備的申立

1  被告は原告に対し一八〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二原告の請求の原因

一  原告は、昭和四八年分の所得税につき、その他の事業所得二一万〇、六〇〇円、給与所得四八万二、八〇〇円、納付すべき税額〇円として申告したところ、被告は、原告に対し、昭和五〇年九月二三日付で右申告にかかる所得のほかに、分離短期譲渡所得三三二万一、四六八円、納付すべき税額一三一万〇、四〇〇円とする更正処分ならびにこれに伴う過少申告加算税六万五、五〇〇円とする賦課決定処分をなした。

二  ところで、本件更正処分がなされた理由はつぎのとおりである。

1  原告は、居住の用に供していた宅地建物(以下、本件物件という)を昭和四四年八月四日平岡建設株式会社から三三〇万円で取得し、昭和四八年七月一一日六五〇万円で原告の実弟河崎敏男に譲渡した。

2  そして、原告には右譲渡による分離短期譲渡所得三三二万一、四六八円があるのに、これを申告しなかつたというにある。

三  しかしながら、原告は、不動産屋に本件物件の売却方を依頼していたところ、河崎敏男が家を求めていることを知り、同人に本件物件を譲渡するに先立ち、堺税務署に電話で相談したところ、本件物件を同人に譲渡した場合には租税特別措置法(以下、法という)三五条の特別控除の適用を受けることができる旨教えられ、その結果本件物件を同人に譲渡したものであり、また確定申告をなすにあたり堺税務署に出頭し、相談係の指導を受け、その旨を代筆してもらつて申告に及んだものである。

したがつて、被告は、原告に対し誤つた指導をなしたもので、その結果事実と反する申告がなされたからといつて、原告に対し本件更正処分をなすことは信義則に反し許されない。

四  よつて、本件更正処分の取消を求める。

五  仮に本件更正処分が正しいとするならば、本件更正処分によつて原告が蒙つた物心両面の損害を填補するために、原告は被告に対し一八〇万円の支払を求める。

第三被告の答弁

一  請求の原因一、二記載の事実は認める。

二  同三記載のうち、原告が所得税の確定申告をするにあたり、本件物件を譲渡したことによる譲渡所得には法三五条の適用を受けようとする旨申告したことは認めるが、その余の事実は争う。

仮に原告の主張するように、確定申告をするについて税務職員から誤つた指導助言を受けたとしても、所得税の確定申告は納税者が自己の判断と責任において行なう所謂私人の公法行為であるから、このことの故をもつて、右指導助言の趣旨と異なる税務署長の本件更正処分が信義則に違反するものではない。

第四被告の主張

一  原告は、本件物件を昭和四四年八月四日に平岡建設株式会社から三三〇万円で取得し、昭和四八年七月一一日実弟の河崎敏男に六五〇万円で譲渡したが、この譲渡による譲渡所得金額は三三二万一、四六八円となる。

二  右譲渡所得について法三五条一項の所謂居住用財産の譲渡所得の特別控除の規定は適用できない。

すなわち、河崎敏男は、原告の親族(租税特別措置法施行令―昭和五一年政令第五四号による改正前のもの。以下、令という。-二三条一項一号)であり、親族に対し居住用財産である本件物件を譲渡した場合には右の特別控除の規定が適用されないことになつている。

三  すると、原告の昭和四八年分の合計所得金額は、四〇一万四、八六八円であつて、これに対する所得税額は一三一万〇、四〇〇円となる。

四  よつて、本件更正処分には何ら違法な点は存しない。

五  なお、被告は、国の行政機関に過ぎず、損害賠償債務の帰属主体となりえないものであるから、原告の被告に対する国家賠償法による損害賠償を求める訴えは不適法であり、却下されるべきである。

第五原告の答弁

被告の主張一ないし三記載の事実を認める。

第六証拠関係

一  原告

1  甲第三号証。

2  証人戸口哲夫、同鳥井五郎、同立石巖、原告本人。

3  乙号各証の成立を認める。

二  被告

1  乙第一ないし第九号証。

2  証人野澤榮、同坂上勝、同神田堯。

3  甲第三号証の成立は知らない。

理由

一  請求の原因一、二記載の事実、同三記載のうち、原告が昭和四八年分の所得税の確定申告をなすにあたり、本件物件を譲渡したことによる譲渡所得には法三五条の適用を受けようとする旨申告したこと、被告の主張一ないし三記載の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告は、電話相談で本件物件を実弟の河崎敏男に譲渡した場合法三五条の特別控除の適用がある旨の誤つた指導を被告から受けたので、本件物件を河崎敏男に譲渡したのであり、さらに昭和四八年分の所得税の確定申告の際にも被告から右同様の誤つた指導を受けて、右譲渡による譲渡所得については法三五条の特別控除の適用を受けようとする旨の申告をなしたもので、これに対する本件更正処分は信義則に反し許されない、と主張するので、この点について判断する。

右主張に副うかのような証拠として原告本人尋問の結果ならびに証人立石巌の証言があるが、以下の理由により採用することはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

すなわち、成立に争いがない乙第四号証(異議申立書)、第五号証(審査請求書)、第六ないし第八号証(昭和四七、四八年分の「土地や建物の譲渡所得のあらまし」と題するパンフレツト)、証人野沢榮、同鳥井五郎、同坂上勝、同神田堯、同戸口哲夫の各証言によると

(1)  国税庁の作成にかかる「昭和四八年分の土地や建物の譲渡所得のあらまし」と題する広報のためのパンフレツトが納税者に配布されており、右パンフレツトには、「昭和四八年中に土地や建物を売つた場合の譲渡所得にかかる所得税の一般的なことがらについて説明してあります。ここに説明していないことがらについては税務署へおたずねください。」として、1から8までの場合をかかげて説明しており、その中の2として「自分が住んでいる家屋と土地を売つた場合」という大きな見出しの下に、「現に自分が住んでいる家屋やその家屋といつしよにその敷地(土地や借地権)を売つた場合には長期譲渡所得または短期譲渡所得のいずれに該当する場合でも、その譲渡所得から一、七〇〇万円の特別控除額が控除されます。」とし、さらに右特別控除の例外として三つの場合をかかげ、そのうちの一つとして「親族や同族会社など特別の関係がある者に売つた場合」と明記されている。そして、その記載の仕方は素人にも比較的容易に理解できるようになつており、また昭和四七年分のパンフレツトにもほぼ同趣旨(ただし特別控除金額は一、〇〇〇万円である。)のことが同様の形式で記載されていた。

(2)  原告が作成した異議申立書や審査請求書には、原告が被告から誤つた指導を受けた旨の記載はなく、右異議申立書には、大略「昭和四四年から昭和四八年の間に家の価格は約二倍以上になり、三二〇万円の所得は帳消しになり、家を買替えることによつて何ら利益を得ていない。納税額一三六万円は欠損となる。私は税法に無知で、税法を理解していれば、他人に譲渡して租税特別措置法の適用を受け、このような迷惑をかけなかつた。私の落度を認める。税金があまりに多額で支払不能につき異議を申立てる。」という記載がある。

(3)  昭和四七、八年当時の堺税務署においては、所謂居住用財産の譲渡に関する電話での納税相談が毎日のようにあり、係員においてその都度法三五条の特別控除の説明とともに、「居住用財産が親族に譲渡されたときには法三五条の特別控除の適用を受けることができない。」旨の説明をするのが通常であつた。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件更正処分に対する原告の異議申立および審査請求の理由として「原告が税法に無知であつたこと」が掲げられていて、記載自体からはその主たる理由が税務職員の誤つた指導にあつたとみるべき事情も窺えないし、また所謂居住用財産の譲渡による譲渡所得についての法三五条の特別控除に関し、「親族に譲渡した場合」が除外されていたことは納税者向けのパンフレツトにも大きく素人に理解し易いように記載されており、少なくともその係の税務職員であればこれを知悉していたものと思われ、所謂居住用財産の譲渡に伴う納税相談を受けた場合、特段の事情の存しない限り右の点に関し誤つた指導をする余地は極めて少なく、殊に二度にわたつてかかる重要な事項について誤つた指導がなされることは容易に考えられないことである。

したがつて、一回は電話で、もう一回は直接面接のうえ右の点に関し誤つた指導を堺税務署員から受けた旨の原告本人尋問の結果は採用し難いものであり、また「原告から相談を受けたので、昭和五一年一一月頃に大阪国税局と堺税務署に電話で確めたところ、昭和四八年に居住用財産を兄弟に売つた本件のような事例では税金がかからない旨の返事をえた。」旨の証人立石巌の証言は、〈1〉同証人の右調査は昭和五一年一一月頃になされているが、昭和五一年分以降の所得税については令の改正がなされ、前記「親族に譲渡した場合」をさらに限定し、「配偶者、直系血族等々に譲渡した場合」と法三五条の特別控除の適用除外の範囲を縮少していること、〈2〉同証人において調査のために電話をかけておきながら、その返事をした税務職員の名前すら把握していないといつた安易な調査の態度に徴すると、到底採用することはできない。

そうすると、原告の右主張を容れることはできないから、原告の本件更正処分の取消を求める請求は失当であり棄却されるべきものである。

三  つぎに、損害賠償を求める原告の訴えについて検討する。

右訴えは、国家賠償法に基づくものとみられるところ、被告は、国の行政機関に過ぎず、同法一条一項に定める被告適格を有する者ではないから、右訴えは、不適法であり却下されるべきものである。

四  よつて、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荻田健治郎 裁判官 井深泰夫 裁判官 市川正巳)

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